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イエスの幼児物語

「トマスによるイエスの幼児物語」

(講談社文芸文庫『新約聖書外典』訳者・八木誠一)から概要を簡単に紹介

冒頭で、「私イスラエル人トマスは、異邦のすべての兄弟に、私達の主イエス・キリストの幼時の頃の事、またその大いなる業、イエスが私達の国に生まれて行なったすべての事を語らなくてはならないと思う」と、本の概要が記されている。

5歳のイエスが、河原で泥をこねて12の雀を作りながら遊んでいると、父ヨセフから安息日には物を創ってはならないと注意され、イエスが手を拍って雀に「行ってしまえ」と叫ぶと、雀は羽をひろげて鳴きながら飛んでいった。

イエスの噂を聞いた律法学者アンナスの息子がやってきて、イエスがせき止めておいた水を流してしまう。イエスは怒り、「愚かなる者よ。この穴と水がお前に何の不正をなしたというのか。見よ、今やお前は木のように枯れる」と言うと、アンナスは本当に枯れてしまった。イエスが走ってきた子供と肩がぶつかると、イエスは怒り「お前はもう道を歩けない」と言うと、その子は本当に死んでしまう。枯れた子供と死んだ子供の両親はヨセフに抗議を申し立てる。父ヨセフは「どうしてあんなことをするんだ。あの人達も困るし、それに私達を憎んで迫害しているぞ」と叱ると、イエスは「こうしたお言葉が貴方のものでない事は解っています。でも貴方のために黙っていましょう。しかしあの人達は罰を受けるのです」と返事をすると、苦情を言い立てた人は全員盲目になってしまう。さすがにヨセフは怒り、イエスの耳を引張り叱るが、イエスは「貴方は物を探しても見つけないのが良いのです。貴方は本当に賢からぬ振る舞いをした。私が貴方のものだという事が解らないのですか。私を悲しませないで下さい」と父をなじった。

ザッカイという教師がその様子を見てヨセフに、イエスの教育を自分に任せるように言う。教師はイエスに、アルファからオメガまでの文字を教え始めるが、イエスから「あなたはアルファの本性も知らないくせに、どうして他の者にベータを教えるのです。偽善者よ、先ず知っているものなら、アルファを教えなさい。そうしたら、ベータについてもあなたを信用しましょう」と言う。教師は答えられない。そこでイエスは、「先生、第一の文字(A)の構成を聞きなさい。まず次の事に注意しなさい。この字は(二本の)直線と一本の中間線を持ち、これはご覧の通り(ふたつの)一緒になる直線を渡っている。そして(ふたつの)直線は一点に集り、上にあがり、輪舞し、ぐるりとまわって来る。Aという字は三部分の、同種の、同じ長さの直線を持っているのです」と難解で意味不明な事を言って煙に巻くので、教師は嘆き悲しむ。周囲の人が教師を慰めていると、イエスは大笑いしながら「今度はお前の方が実を結び、心の盲人なら見えるようになるべきだ。私は上から来たもの、それはお前達のために私を遣した方が私に命ずる通りに、人を呪っては天へと呼ぶためなのだ」と言うと、これまでイエスが呪って死なせたりした人達が復活してしまう。そのため、それ以降、少年イエスを怒らせる人はいなくなってしまった。

数日後、イエスは屋根の上の露台で友人と遊んでいると、一人が屋根から落ちて死んだ。他の子供は逃げてしまうが、死んだ子の親がやってきて、イエスにお前が突き落としたんだろと怒る。親があまりしつこく言うので、イエスは死んだ子の傍ら立ち「おいゼーノン、起きて言っておくれ、僕が君を突き落としたのかい」と呼びかけると、倒れていた子供が起き上がった。生き返った子供は「いいえ、主よ、あなたは突き落としたのではなく、生き返らせたのです」と答えたので、両親は感謝してイエスを拝んだ。また数日後、木を切っていた若者が誤って自分の足を切り、出血多量で死んでしまう。人だかりの中からイエスが現われ、若者の足をつかむと治ってしまう。「すぐ起き上がるんだよ。木を割ったら僕の事を思い出してね」と恩きせがましい事を言うが、周囲の人達はイエスを拝んで、「まことに神の霊がこの子の中に住んでいる」と話しあった。

ある時、イエスは母親に言われて、水瓶を持って水汲みに行った。しかし、途中で落として水瓶を割ってしまった。するとイエスは、着ていた上衣を拡げ、それに水を満たして、母親の処に運んで来た。

8歳になったイエスは、親と一緒に種蒔きに行った。イエスが蒔いた種は一粒だったが、刈り入れて脱穀すると、何と100コル(約四万リットル)の麦がとれたのだ。

大工である父の処に、寝台を作ってくれという注文が入った。ところが、一枚の板がそれと組み合わせる板より短く、ヨセフがどうしたものかと困っていると、イエスが「二枚の木を下に置いて、真ん中からみて片方の端を合わせるのです」と言う。ヨセフが言われた通りやってみると、当然片方の端が合わない。するとイエスが板引っ張ると、板が伸びて長さが同じになった。

父ヨセフは、息子イエスが賢くなってきてはいるが、まだ文字を知らない事から、やはり教師に付けた方が良いと思って、教師の処へ連れて行った。教師は、まずギリシア文字を、その後ヘブライ文字を教えましょうと言った。それは、その教師が少年の知識の程を知っていて怖れたから。いろいろ教えてみるが、イエスは「貴方が本当に先生で、良く文字を知っておいでなら、私にアルファの力を言ってごらんなさい。そしたら私はベータの力を申しましょう」と言う。教師は怒ってイエスの頭を叩く。するとイエスはは痛かったので、教師を呪った。すると先生は、たちまち気を失って倒れ、頭を地面にぶつけてしまった。イエスは家に帰った。ヨセフは妻マリアに、息子のイエスを外へ出すと、すぐ人を殺してしまうから外へ出すなと言った。

別の教師が、自分ならばうまく教えられるだろうと言う。そこでヨセフは「兄弟よ、もし勇気がおありなら、この子を連れていって下さい」と言ってイエスと教師を送り出した。教室に入ったイエスは、前に立って語り出した。口を開いて、聖霊によって語り、周りに立って聞いている人達に、律法を教え始めた。大勢の人が集まって来て、傍に立って聞いていたが、その教えの美しさと言葉の巧みさとに驚いてしまった。家で待っていたヨセフだったが、心配になって学校に来てみると、誰も死んでいない。しかも、教師はイエスの事を褒めてくれる。その様子を見ていたイエスは、「貴方は正しく語り、また正しく証言したから、貴方のためにあの打たれた教師も癒やされるのです」と言うと、以前に死んだ教師も生き返った。

ヨセフは息子ヤコブに、木を束にして家に運ぶよう命じた。ヤコブは途中で蝮(マムシ)に噛まれてしまう。もう駄目だと思った時にイエスが現れ、ヤコブの傷口に息を吹きかけると治ってしまう。蝮も体が裂けて死んでしまった。

以降も奇跡の話が続く。近所の死んだ赤子を生き返らせ「この子を起こして乳をやり、僕を憶えて下さい」と言ったり、建築現場で死んだ人を生き返らせたり・・・トンデモ系の奇跡話が続き、最後は十二歳のイエスで巻を閉じて終わる。

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1.翻訳者で聖書学者の八木誠一氏の解説

この書は二世紀末頃に書かれたと思われ、イエスが五歳から十二歳の間に行なった奇蹟や神童ぶりを、誠に大袈裟に叙述した伝説。モチーフはしばしば正典福音書から採られていて、結果として幼いイエスが、後に公生涯において行なったとされる様々な奇蹟を暗示するような事を、既にやってのけた形になっているが、歴史のイエス再構成のための史料としての価値は全くない。内容的にもかなりひどいもので、正典福音書でのイエスの奇蹟は人助けのためになされるという性格が強いが、ここでは少年イエスのお気に召さない人物はあっさり呪い殺されてしまう。イエスらしさはほとんどなく、悪魔的で高慢な少年が描かれている。こんな話を創り出した人々は、もし自分達が奇蹟能力を持っていたら、こんな事しかしないのではないかと疑わせる内容である。結局著者は不明で、トマスでもなくユダヤ人でもないであろう。

2.大衆読物としての物語

新約聖書の外典の中で「幼時福音書」と総称される文書群の一つで、ヤコブ原福音書に次いで古い。特定の教義的関心はほとんどなく、同じ外典文書のトマス福音書との関連もなく、ギリシア語の外に多数の古代語の翻訳写本が残存する。

イエスの少年時代の記述は、新約聖書正典では、わずかにルカ福音書の中で12歳時のエルサレム神殿での出来事しか書かれていない。おそらく、イエスの誕生や幼時に関する興味と伝説は、ユダヤ戦争前後から始まったと思われ、伝説の源流は、ルカ福音書が書かれた時代より以前まで遡れる。「トマスによるイエスの幼児物語」は、イエスが5歳から12歳の間に行なった奇蹟や神童ぶりを、大衆小説よろしく、かなり大袈裟に記述した伝説になっている。ルカが資料としたものに、こうした伝説の原型があり、それをもとに12歳の出来事が書かれたのだろう(類似性が見られる)。時代と共に増補されていった感じだろうか。故に、歴史の再構成のための史料とはなりえない。しかし、当時から後の時代まで大変流行った模様で、色々な言語に訳されている。言ってみれば、ゴシップ好きの大衆小説と言えば良いだろう。高慢な少年イエスが魔術を使うという感覚で、この物語を書いたキリスト者の神経を疑うが、当時としては人気を博したと思われる。古代人ならいざ知らず、現在でも奇跡好きのキリスト者がいるが、同じレベルであろう。内容から、この物語の作者はユダヤ教を全く知らず、複数の非ユダヤ人が段階を経て編纂されていったと推測される。

こうした奇想天外・トンデモ系の物語は、初期キリスト教文学全体から見れば、珍しくもない。正典は使徒継承の文章だけに限定されたと言うが、現実には使徒由来のものは全くない。パウロを使徒と認定するなら、パウロの7つ真正書簡は入れられるだろうが、パウロは12使徒でもなく、直弟子でもなく、生前のイエスを知らなかった。正典の多くは一世紀に書かれたが、それでもトンデモ系の話が一部、正典には残っている。その典型的なものがマルコ福音書の「いちじくの呪い(ベタニヤ地方にあった民間奇跡伝説から採ったと思われる)」、ルカ福音書の「12歳時のエルサレム神殿での出来事」、ルカによる使徒言行録の「アナニアとサフィラの物語」などである。旧約や新約聖書外典には、神やイエスの怒りに触れて死んだ話は多くあり、一般大衆にかなり流布していて、原始キリスト教会が当初行った全財産を共有する制度があり、それに違反すると神罰が下るという迷信が教訓としてなされたのだろう。金額をごまかした事が聖霊や神に対する反抗というなら、人間は大なり小なりごまかす事があるので、皆が死んでしまう事になるだろう。信仰もくそもない、只の原理主義に過ぎず、カルト宗教そのものと言っても良い。イエス本人の考え「人を生かす、人を分け隔てしない」とも真逆で、イエスが聞いたら激怒すると思う。聖書がすべて正しい等と言うのは、一部の牧師が意図的に行う信徒教育に原因がある。キリスト教が悪いわけではない、それに関わっている人間に問題があると言わざるを得ない。
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新美南吉の童話「ごん狐」

青空文庫 「ごん狐」(全文が読める)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/628_14895.html

●新美南吉の童話「ごん狐」のあらすじ

(起)小さい頃、村の茂平爺さんから聞いた話。昔、村近くの中山という処に小城があった。少し離れた山の中に、「ゴン狐」という孤独な小狐がいて、シダの一杯茂った森の中の穴に住んでいた。夜でも昼でも村へ出てきて、いたずらばかりした。畑へ入り芋を堀り散らしたり、干した菜種がらに火をつけたり、百姓家の裏手に吊しているトンガラシをむしりとったり。ある秋、二、三日雨が続いた間、ゴンは外へも出られず穴の中にしゃがんでいたが、雨があがるとほっとして穴から出て、村の小川の堤まで来た。兵十が、腰まで水にひたりながら、魚をとる網をゆすぶって、網からびくの中へウナギやキスを入れていた。それから、何をさがしにか川上の方へかけていった。兵十がいなくなると、ゴンはびくのそばへかけつけ、ちょいといたずらがしたくなり、中の魚をつかみ出しては、下手の川の中へポンポン投げ込んだ。最後に太いウナギをつかみにかかるが、ぬるぬると滑り抜けるので、ウナギの頭を口に咥えた。ウナギは、キュッと言ってゴンの首へ巻き付いた。その途端に兵十が、向うから「うわ、盗人狐め」とどなりたてた。ゴンはびっくりして飛び上がり、一所懸命に逃げた。ほら穴の近くでウナギの頭を?み砕き、やっとはずした。

(承)まもなく、兵十の母親が死んだのを知った。あのウナギは、一人息子の兵十が病気の母に食べさせようとしていたのかと悟ったゴンは、悪いことをしてしまったと後悔し、何とかお詫びをしたいと思った。そこで、イワシ売りの籠からこっそりイワシを抜き取り、ゴンそれを兵十の家の縁側に置いた。イワシ売りは、売物のイワシが兵十の所にあるのを見て、さては兵十が盗んだものと思い、ゴン天秤棒で兵十をなぐり大怪我を負わす。「ゴン狐」のゴンは、自分がしたことが、思いもかけず兵十を傷つけてしまったので、何としても償いをしなければならないと、それからは毎日、森でクリやマツタケを拾って、それをこっそりと兵十の家へ届けるのだった。

(転)月の良い晩、ゴンはブラブラ遊びに出かけた。中山の城の下を通って少し行くと、細道の向うから誰かが来る。話声はだんだん近くなり、それは兵十と百姓の加助だった。兵十が加助に「おっ母が死んでからは、誰だか知らんが、俺にクリやマツタケなんかを毎日毎日くれるんだ」と話していた。吉兵衛という百姓の法事の帰り道、加助が「さっきの話は、きっとそりゃあ神さまのしわざだぞ」と言う。兵十はびっくりして、加助の顔を見る。加助は「俺はあれからずっと考えていたが、どうもそりゃ人間じゃない、神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものを恵んで下さるんだよ」と言うので、兵十も「そうかなあ」と答える。加助は神さまに礼を言うのが良いと言い、兵十も頷く。それを聞いて、ゴンはつまらないなと思った。俺がクリやマツタケを持っていっているのに、俺には礼をいわないで、神さまにお礼をいうんじゃあ、引き合わないなあと思った。

(結)そのあくる日もゴンは、栗をもって兵十の家へ出かけた。兵十は物置で縄をなっていた。それでゴンは家の裏口から、こっそり中へ入った。そのとき兵十は、ふと顔をあげた。狐が家の中へ入ったではないか。こないだ、ウナギを盗みやがったあのゴン狐めが、またいたずらをしに来たな。兵十は立ちあがって、納屋にかけてある火縄銃をとり火薬をつめた。足音をしのばせて近かより、戸口を出ようとするゴンをドンと撃った。ゴンはばたりと倒れた。兵十はかけよって来た。家の中を見ると、土間に栗がかためて置いてあるのが目についた。兵十は、びっくりしてゴンに目を落した。「ゴン、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」。ゴンは、ぐったりと目をつぶったまま頷いた。兵十は火縄銃をパタリと落した。青い煙が、まだ筒口から細く出ていた。

1.孤独

孤独の語源は、老子の「老いて子無きを独と曰ひ、 幼くして父無きを孤と曰ふ」が語源で、年老いて子供がいないのが「独」、幼くして父親がいないのが「孤」とされる。小狐ゴンは、山の中の穴に住む独りぼっちの狐で、父も子も居ない。遊ぶ相手もおらず、イタズラする事で気を紛らしていたのだろうか。余計に誰からの相手されず、迷惑のたねになっている。孤独故に、コミュニケーションを取る方法がない。

現代の日常は、情報手段が溢れかえる程の情報化社会となっている。人は人と接しなくても、会話しなくても、情報を得て孤独でも生活出来る。ネット通販で買物出来るし、テレビや新聞がなくても社会の動向を知る事が可能で、必ずしも人と接触する必要はない。しかし、そこにはもはや、暖かい心の繋がりはながりは存在しない。コミュニケーションの最高の手段はスキンシップだと言われるように、互いに接触する事で親近感を抱く。会話し、共に食事をし、共に酒を汲むかわす。昔は口コミ以外の情報手段がほとんどなかったから、好むと好まざるにかかわらずスキンシップを取らざるを得なかった。高度情報化社会は必ずしも人を連帯させるとは言えず、逆の現象も起こる。お年寄りのアパートでの一人暮し、誰に看取られる事なく死んでいく孤独死。それもまた情報化社会の一面である。直接会う、スキンシップを取る、本来動物が群れをなす基本要素が無くなりつつある。

2.コミュニケーションの疎通の要因

小狐ゴンの結末は、読み手の心を激しく揺り動かす。孤独なゴンは、以前の悪戯を悔いて償いに献身するが、相手の心には通じない。そして、そのまま悲劇の結末を迎える。通じないだけでなく、逆に誤解されていた。銃で撃たれた後、ようやく相手はゴンの気持ちが分かるが、それをゴンが知ったのは撃たれた後だった。「ゴンの善行」の情報は兵十には正確には届かない。何故か?狐が人間の言葉を話せないからと云う、情報伝達方法だけの問題ではない。

3.情報のフィルタリング

情報には解釈が入り込む事が多い。兵十は知り合いの加助の話「神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものを恵んで下さるんだよ」と言う情報解釈に納得してしまう。加助の解釈は、情報のフィルタリング(情報の濾過)と呼ばれるものだ。他の可能性を排除してしまう。解釈には主観が入るが、これはなかなか避けようがない。兵十は加助の解釈に納得し、神様に感謝する気持ちになった。それを聞いて、ゴンは落胆する。「俺には礼をいわないで、神さまにお礼をいうんじゃあ、引き合わない」と思う。ゴンには償い行為を認めて欲しい気持ちがあった訳だ。見返りを求めているのではないが、善意を知って欲しいと思った。

4.情報の非対称性

ゴンは情報秘匿を行っているわけではない。最初はイワシ売りの籠からイワシを盗んで兵十の家の縁側に置いている。いつかは兵十も気づくだろうとの思いがあったのではないか?しかし、これは逆に兵十に迷惑をかけてしまった。盗みの汚名を着せた事になったからだ。予想しない事であったので、今度こそ何としても償いをしなければならないと、毎日クリやマツタケを拾ってこっそりと兵十の家へ届けた。今度はこっそりとであるから、気が付いて貰う事は期待していないようだが、やはり神様のお陰と言われると落胆する。人知れずの善意であったが、やはり気づいて欲しい。ゴンは自分のしている事は十分承知しているが、兵十には情報がほとんどない。情報の非対称性だが、これは社会では非常に多い、いやいやほとんど全部かも知れない。量子論でも、対称性の破れがある。この世は非対称に成立し、時間の矢も逆戻りしない。すべての人に真相が行き渡るなどあり得ない。

5.非言語コミュニケーション

永禄12年(1570)織田信長は、越前の朝倉義景討伐に3万の大軍を率いて京を発し若狭に入った。天筒山城と金ヶ崎城を降し、木ノ目峠を越えようとしていた時、浅井長政に嫁いだ妹の市から陣中見舞いと称して、信長の好物の小豆が届けられた。小豆が入った袋は、何故か両端を結んであり書状はなかった。信長はしばらく手に取って見ていたが、ハッと気付く…浅井長政が謀叛で退路を絶ち、 朝倉と前後から挟撃しようとしていると。信長軍は袋の中の小豆、前後を固く閉ざされていて脱出出来ない状況を暗示している。これは非言語コミュニケーション(ノンバーバル・コミュニケーション) の典型だ。兵十は縁側にイワシが置いてあるのを見ていた。そのイワシは、ゴンがイワシ売りの籠から盗んだものだった事で、兵十はイワシ売りから大怪我を負わされているので、これは神が恵んだものではないと気が付く筈だ。その翌日から、今度はイワシではなく森にあるクリとマツタケが裏口の土間に置かれるようになったので、同じ者の行為と推測する(非言語コミュニケーションの理解)事も可能ではなかったか?それを神の仕業だと思い込んだ。また、狐が裏口から何も持たず出てきたのを見て、先に土間や家の中を(荒らされていないか)確認すべきではなかったか?

この童話は、異種間動物のコミュニケーションの疎通による悲劇を描いているが、背景には人間同士の触れあいの問題が隠されている。童話に共通するもので、狐の言葉や考えが描かれていて擬人化されている。童話自体が、読み手に考えさせる効果を持つので(明確な結論はあえて書かれていない)、この悲劇的な物語から、何を掴むのかが問われている。イエスのたとえ話も同じであった。

6.話題になった小学生の読書感想文

話題になった小学生の読書感想文の要点は、「やった事への報いは必ず受けるものだ」「こそこそした罪滅しは、身勝手で自己満足でしかない、撃たれて当たり前」と言うものだった。この考えは因果応報、信賞必罰(功績ある者は必ず賞し、罪過ある者は必ず罰する、賞罰を厳格にすること)の考えに基づいている限り、妥当かもしれないが、生きる者同士の共感や共鳴は欠如している。現代では応報思想が蔓延していて、親自体が子にそういう教育をしているのかも知れない。共感の欠如はサイコパスに繋がる(参照)。

(パール・バック)一人で生きようとする者が、人生で成功する事はない。他人の心と通じないと、心は枯れてしまう。自分の考えだけを聞き、他人からインスピレーションを得なければ、心はしぼんでしまう。

7.隠れた善行

社会の中で「善行をしたい」と思う人は少数ながらいる。6の小学生の自己満足発言は、「善行を行う」事は、他人から善人と見られたいか、自分で善人であると思いたいかであり、いずれにしても善行をする事で自分が満足したい人間だと言っている。どんな善行をしても、この自己満足があるかぎり、自己愛のためがあり、純粋に他者のためではなく、偽善的な行為と言えるかもしれないし、また自己満足の要素を全くなくす事は難しい。しかし、人間の行う善行が偽善かもしれないとしても、どこが悪いのだろうか?「偽善者にはなりたくない、だから何もしない」は、最悪の考えで、結局何もしないという欺瞞に満ちた詭弁である。

(マタイ福音書6:1-4)自分の正しさを、見られるために人の前で行わないよう注意せよ。そうしないなら、父から義とされないであろう。ゆえに、施しをする時は、偽善者達が人に褒められるため、会堂や町の中で、自分の前でラッパを吹きならすな。アーメン、彼らはその報いをすでに受けてしまっている。施しをする場合、右の手のする事を左の手に知らせるな。それは、あなたの施しが隠されるためである。そうすれば、隠れた事を見ている父は、義としてくれるであろう。

イエスは善行をしたり貧者に施しをする事自体、否定しない。むしろ「偽善者になりたくないから」と善行から逃げる人間に対して、「隠れたところで善行をしろ、そうすれば偽善者にならずに済む」と勧めている。

8.悲劇から学ぶことは多い

失敗や悲劇は、当然望んでやったことではない。仏教で言う縁起だが、原因があって結果がある。何でも運が悪かったと結論付けられるものでもない。失敗や悲劇から学ぶことが多いのは、そこから得られるものが将来に繋がるからだ。何故、失敗や悲劇が起こったのかを追求しなければならない。繰り返される悲劇の原因は「無関心」にある。

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アピゲニン(パセリ、セロリ、ハーブ等に含まれる)が脳細胞の生成を促す

アピゲニン(パセリ、セロリ等に含まれる)が脳細胞の生成を促す

How eating herbs could boost your brain
http://www.medicalnewstoday.com/articles/303977.php

アピゲニンは多くの植物に含まれるフラボンで、天然に生成する多くの配糖体のアグリコン。ハーブなどの植物に含まれる。抗酸化作用があり、わずかだが抗炎症作用、抗がん作用などがあり、高用量では抗不安薬や精神安定剤としての効果もある。副作用は少ないと言われる。アピゲニンの含まれる食品には、パセリ、セロリ、カモミール、グレープフルーツ、たまねぎ、オレンジ、バジル、緑茶、赤ワイン、ビール等がある。成体の神経発生も活性化させるという結果がラットを用いた研究で見られた。最新のブラジルのリオデジャネイロ連邦大学とドール研究教育協会(IDOR)の研究では、ヒトの幹細胞(自己複製能とさまざまな細胞に分化する多分化能を持つ特殊な細胞)にアピゲニンを加えてその変化を観察した。その結果、幹細胞が25日後にニューロン(神経細胞)に変わったが、アピゲニンを加えなかった幹細胞にはこの変化は見られなかった。また、アピゲニンにより新たに生成されたニューロンとニューロンをつなぐシナプスも、強固で高性能だったという。シナプスが強固であることは、脳機能の高さや記憶の固定、学習に欠かせない要素。さらに、神経系の発達に関わるエストロゲン受容体と結合し、新しいニューロンやシナプスの生成を促している事も分かった。これまで女性ホルモンとも呼ばれるエストロゲンの投与が、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患や、うつ病などの改善に効果がある事は分かっていたが、一方でガンの発生リスクが高まるとも言われている。今回の研究は、将来的にアピゲニンが神経変性疾患の治療の選択肢になりえる可能性を示唆し、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患や統合失調症の治療への効果が期待される。

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オ・ヘンリー「運命の道」

オ・ヘンリーの小説「運命の道」

(あらすじ)主人公の男は、フランスのヴェルノワという田舎町で羊飼いをしている。羊飼いをしながら詩を書いているという珍しい文学青年だ。だが彼は、「このヴェルノワという田舎町は、俺の住む処ではない。俺と考えを分かちあえる者なんぞ、町には一人もいない。この道の彼方に俺の運命と未来がある」と自分に言い聞かせて、この田舎町から出ていく決心をする。恋人とも喧嘩別れした。村を通る道はパリに通じている、パリに行けばなんとかなるかもしれない。その道は、村から10マイル程先で大きな道に合流していて、ちょうどT字路になっている。そうすると行先の選択が左右二つあることになる。いや、戻るという選択を考えれば三つになる。左に行くか、右に行くか、それとも行くのを諦めて戻るのか。主人公の詩人がこの三つを全部辿ったらどうなったか、つまり運命の道を辿った顛末が描いている。

(選択1)詩人の男は、左の道を選んで進む。すると、馬車がぬかるみに嵌まって困っているのを見る。見過ごせないので、馬車がぬかるみから脱するのを手助けする。馬車に乗っていたのは侯爵とその姪で、結局その馬車に同乗させて貰う事になった。馬車は侯爵の宿泊先に到着するが、そこで男は気の毒な姪を救うために悪い侯爵とトラブルを起こし、何と決闘する羽目になってしまう。決闘では、男は侯爵の拳銃に撃たれてしまい、命を失ってしまったのだ。

(選択2)詩人の男は、右の道を選んで進む。なんとかパリに辿り着き、アパートの屋根裏部屋を借りる。パリに落ち着きながら、本格的に詩作に取りかかった。しかし、そのアパートに住む女性に誘惑されてしまう。女に手紙を頼まれるが、それは王を暗殺するグループの手紙だった事で捕まり、暗殺ターゲットの替え玉にされて、銃で撃たれて殺されてしまったのだ。

(選択3)詩人の男は、分岐点で立ち止まり、考え直してやはり村に戻ろうと決心する。村に戻り、恋人と結婚し、親から受け継いだ羊を飼いながら詩を書く幸せな生活を送る。だが、詩作に没頭するあまり、家業にはあまり力を入れず、狼に羊をとられたりして羊数が減ってしまい、家計が苦しくなる。結婚した妻は、怒りを爆発させる。見かねた知り合いの老人は、都会に住む学者に詩を読んで貰えば良いと男に勧める。男はなるほどと思い、学者に自分の詩を読んで貰うが、学者の忠告は「詩を書くのを諦めて家業に精を出しなさい」というものだった。男はそのアドバイスを聞いた後、狼から羊を守る為にピストルが必要だと言って、銃を購入して自宅に帰った。家に戻った詩人は、自分の書いた詩集を火に投じ、自分の部屋に入って、買って来た銃で自殺してしまったのだ。

どちらに進んでも銃で死んでしまう、それもあの侯爵の銃で。

1.オ・ヘンリーの境地

小説では、どう選択しようと悲惨な死に方と言う運命から逃れられない結末になっている。しかし、最初の二つはちょっとした事で避けられる事だった。馬車に同乗しなければ良かっただけだろうし、アパートの女の誘惑を断れば済んだ事かもしれない。ちょっとした事で運命は変わった可能性がある。でも三番目は悲惨である。恋人と家への未練を捨て切れず、パリで自分が本当にしたいと思った希望を断念し、平凡にも家業を継いで結婚した。しかし、結局詩作を諦め切れずに家業を疎かにして、妻から激怒される。自分の夢を託した詩作自体も、学者から才能がないから詩は諦めろと言われる始末だ。一体どういう選択が良かったんだ、どうすれば良かったんだ、何をしてもどうにもならないだろ、そう思って絶望の余り自殺している。過去に戻ってやり直したいと気持ちは誰にもあるが、それは無理な相談で、過去の出来事は変えられない。意外にちょっとした事で、同じ悲惨な結末を迎える事だってある。作者は、他に選択肢はないのだろうか、いやきっとあると叫んでいる気がする。

2.オ・ヘンリーの境遇

オ・ヘンリーは1896年、以前に働いていたオハイオ銀行の金を横領した疑いで起訴された。経営が不振だった自分が発行する週刊紙の運営費に回したと思われたのだ。裁判はオースティンで行われるため、列車で行かなければならなかった。銀行側も周囲も好意的であったが、裁判が行われるオースティン行きの列車から降り、病気の妻と娘を残してニューオリンズへ逃亡してしまった。何故そうしたのかは、彼だけにしか分からない。後に、「あの時、オースティン行きの列車に乗ったままだったら、自分の人生はどうなっていただろう?」と考えたのかもしれない。1897年、妻の危篤を聞きつけて家に戻った。保釈金を納め数ヶ月間妻の看病に徹したが先立たれた。1898年懲役8年(5654ドル着服)の有罪判決を受ける。真相については彼自身一切何も語らなかった。服役前から掌編小説を書き始め、服役中にも多くの作品を密かに新聞社や雑誌社に送り、3作が出版された。刑務所での待遇は良く、薬剤師として働き夜の外出許可まで出されていた。模範囚として減刑され1901年釈放。釈放後、娘と義父母が待つピッツバーグで新しい生活を始めた。「ピッツバーグ・ディスパッチ」紙のフリーランス記者として働く一方、作家活動を続けた。しかし、何故か9か月で娘のいるピッツバーグを離れ、1902年ニューヨークに単身移り住む。当時人口400万人の大都市で作家として売込みやすかったからなのか?ニューヨークに出て来て、やっと小説家としての出発点に立った男が、どういう気持でこの暗く難解な作品を書いたのだろう。

彼の人生の大きな最初の選択肢は、裁判所に出頭せずに逃げた事。二番目が、妻の危篤を聞きつけて家に戻り、服役した事。三番目が、釈放後に娘と義父母が待つピッツバーグで新しい生活を始めた事だった。三番目は娘との幸せな生活だと思われるのに、彼は四番目を切り開こうとした。家を捨てて逃げずに安定した職に就き、娘や親戚を裏切らず生真面目に生きたところで、結局は自分の才能を開花させずに虚しい人生を生きるだけだと考えたのだろうか?再び娘を義理の両親に預け、単身ニューヨークに小説家として出てきた。オ・ヘンリー自身は、自分のこの小説の中の最後の生き方を選択しなかった。新しい四番目を選んだのだろう。或る意味、開き直りである。小説とは裏腹に、自分の人生を肯定的に生きようとした。自分の才能を信じて書き続け、著名な短編小説家となった。

ニューヨークで多くの作品が出版され、中でも「ニューヨーク・ワールド」紙とは毎週1編の作品を掲載する契約した。1905年、ヘンリーに宛てて一通の手紙(自分が子どものころ一緒に遊んでいた男の子ではないかとの内容、それほどヘンリーの本は細部にわたって情景描写が行き届いていた)が届き、それが縁で1907年幼なじみのサラ・リンゼイ・コールマンと再婚。新居を構えると娘のマーガレットを呼び寄せ新しい生活を始めた。しかし、過度の飲酒から体を壊し、1908年家族はまたバラバラに生活をする。1910年6月5日、主に過度の飲酒を原因とする肝硬変により病院で生涯を閉じた。ニュヨークに出てきて、八年間のオ・ヘンリーの人生は作家としての成功者の面もあるが、娘の目から見れば、家族を省みず好き勝手な事をして、最後はアル中で孤独に死んでしまったと映ったかもしれない。

人生には無数に近い選択肢があるし、運命などと決めつける必要もない。過去に囚われすぎると運命論者になってしまう。何が良いのかは、価値判断により異なる。どんな境遇であろうと、今ある自分を受け入れて生きる、先の事は誰にも分からないから気にしない。「過去の事は過去が思い煩った、明日の事は明日が思い煩う、今日の今を生きよ」と言ったのはイエス、独特の特異な人生観である。

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「恋する脳」、ヘレン・フィッシャー

●「恋する脳」、ヘレン・フィッシャー



人類学者のヘレン・フィッシャーは、恋愛=性欲は間違いだと語る。理由は、恋愛は人間にとって根源的な欲求であり、パワフルな感覚の一つだから。なぜ人は恋に落ち、恋に苦しむのか。脳科学者が長年の研究により解き明かした「恋する脳」ついて、同僚のアート・アロン、神経科学者ルーシー・ブラウンと共に熱愛中の32人をMRI検査した。17人は熱愛中、15人は恋が終わった人。結婚生活を10年から25年経て今も熱愛中である人の研究も行っている。恋が存在しない社会はない。ただし、恋は常に幸せをもたらすものではない。ある大学生が、研究で恋に関する質問を数多くした。その中で印象に残ったのは「愛する人に振られた事がありますか?」、もう1つは「自分を愛する人を振った事がありますか?」という質問で、約95%の男女が両方に「はい」と答えている。つまり、恋はほぼ実らないのだ。

エミリー・ディキンソンの「別れさえ経験すれば地獄が分かる」が現しているように、人類進化の中でどれだけの人が苦しんだだろう?どれだけの人々がこの瞬間、歓喜に満ちあふれているだろう?恋愛は最もパワフルな感覚の一つ。そこで脳と恋の狂気について研究を始め、脳底付近にある腹側被蓋野と呼ばれる場所で、A10細胞群が活発になっている事を発見した。自然興奮剤であるドーパミンを作る細胞で、それが脳に放出する。腹側被蓋野は脳の報酬系の一部で、認知思考処理部よりもっと深部、感情処理部の下部にある。爬虫類脳と呼ばれる一部で、欲望、やる気、集中力などに関する領域だ。コカインでハイになると同じだが、恋愛はコカインのハイの状態を上回る。コカインのハイは一時的だが、恋愛は執着という心が人を支配する。自分を失い、相手の事を考えずにいられないほど、頭の中に誰かが居座る。恋は狂気であり、振られると執着心は悪化する。CTスキャンにかけて見ると、脳の3領域に活動が見られ、それらは激しい恋愛をする時に活発になる脳の領域だ。失恋した時、相手を忘れて暮らしたいにも関わらず、皮肉なものでより一層愛してしまう。欲望、やる気、集中力などの脳の報酬系は、手に入らないと更に活発になる。

他の領域の活動も発見した。損得勘定に関連する脳領域だ。損得勘定をする時、脳の坐核側と呼ばれる部分が活発化する。大きな利益を賭けて危険を冒す時も同じ脳領域が活動する。他人への深い愛着と関連する脳の領域にも同じ活動を確認した。世界中で人が苦しむのも不思議ではない。情熱から来る犯罪も多い。失恋すると恋愛感情に苛まれるだけでなく、深い愛着心を感じる。脳回路は報酬のために活動し、強いエネルギー、集中力、動機、リスクを冒す気力も出て来る。それはなぜかと言うと、人生最大の報酬を得るためだ。恋愛は自分を動かす動力であり、交配へのエネルギーであるが、性欲ではないという事だ。性交相手を探す範囲は広いが、恋愛だとそのターゲットは1回に1人であり、交配へのエネルギーを他の人に浪費せず、1人の相手と交配行為を行うという事だ。

恋愛に関しては、まだまだ明かされない問いや答えが存在する。現在進行中の研究は、無数にいる人の中から何故その人を恋するかだ。1人に恋する理由は無数にある。心理学者も同様の意見だろうが、同じ社会的背景や、経済的背景、同じ程度の知性、同じ程度の容姿や宗教的価値観などの一致が挙げられる。幼年時代の経験も何らかの形で影響する。ただし、相性が合う性格パターンなど明らかな事は分かっていない。恐らく生物学的にある種の人に惹かれるのではないかと思った。ドーパミン、セロトニン、エストロゲン、テストステロンの4つ。この4つの物質の割合と関連があるであろう4パターンのおおまかな性格を組み合せてアンケートを取った。この4つ物質の発生度合い、恋愛相手の選択傾向を観察した。米国で370万人、33カ国で計60万人に回答を貰った。現在データ集計中だが、恋には常に魔法があるというのは横に置いても、その確信に近づいて来ている。例えば、全員が同じ社会背景を持ち、同じ知性レベル外見の人がいる部屋にいくとする。しかし、その全員に恋に落ちる訳ではない。そこには生物学的な理由があると思う。あらゆる脳の仕組みがわかる事で、解決されるように思う。

長年愛し合う年配の夫婦がいる。フォークナーの言葉に「過去は死んでない、過去ですらない」がある。事実、人間は脳内に長年の荷物を背負って生きている。私を突き動かす人間の本質を理解したいという理由は、この夫婦に現れている。女性は男性とは異なり、女性は親密さを「対面」での会話により親近感を感じる。目を離さず注視して話す事が、女性にとっての親近感だ。何百万年も前から、顔の近くで幼児をあやし、なだめ、叱り、言葉を使って教えてきた事に起因する。男性は「横並び」で親近感を感じる。1人があっちを向くと、もう1人は別方向を見る。何百万年も前から、木の茂みで立ったり座ったり、前を向き、石を片手に水牛を追ってきたからだと思われる。古代から男性は敵と直面し、友人とは横並びで座ってきた。最後に言いたい事は、愛は人の中に息づいている。脳内に深く組み込まれている。私達の課題は、お互いを理解する事だ。

●「恋は3年で冷め、愛は4年で終わる。でも長年続くこともある」

ヘレン・フィッシャーのベストセラー著書『愛はなぜ終わるのか(1997年)』で、統計的に結婚して4年後に離婚する傾向が高いとある。脳科学的データからも、ドーパミン効果は約3年で切れる事が多いようだ。感情のまま続いた恋は終わり、結婚して4年目を迎えた頃、自分の将来を真剣に考え始めるからだ。しかし、25年経っても愛情が替わらない夫婦も多い。脳内には、他に通称・愛情ホルモンと呼ばれる脳下垂体後葉から放出されるオキシトシンという脳内物質がある。これは、良好な人間関係(夫婦関係)の間で生まれる幸福感と、互いのスキンシップによる安心感により分泌される脳内物質。このホルモンにはストレスホルモンを中和する働きがあり、仲の良い夫婦は、常にこの愛情ホルモンによる安心感に包まれている。

●人と犬との友情関係

犬の遺伝子研究で、およそ3万年前頃から人と犬の良好な関係が出来た事が分かった。哺乳類では視床下部の室傍核と視索上核の神経分泌細胞で合成され、下垂体後葉から分泌される愛情ホルモンとして知られているオキシトシンが、犬と飼い主および同居犬との友情(親和的関係)の維持にも関与している。人と犬との間には、深くこのホルモンが関わっており、触れ合うことで他のどの動物よりも、双方にオキシトシンの量が増加する。麻布大学と東京大学が2014年行った共同研究でも、オキシトシンを投与された犬は、生理的食塩水を投与された犬に比べてより多くの向社会行動を示したという。特に飼い主に対する高い志向性と親和性、同居犬に対する高い親和性がみられた。この研究の結果は、人間だけでなく犬にも、オキシトシンが母子間や雌雄間の絆とは異なる親和的関係の形成に関与している事を示唆している。

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